あの子はキッシュ
「ジジ」という黒猫が ここを嫌いになり 旅に出てから、久しくなります。 けれど、この頃 私の焼くキッシュに にた うす茶色の子猫が、時々 ちろちろと 姿を見せるようになりました。 動物や虫が大すきだけど、 お食事をつくるのには お客さまにごめいわくかと、 心を鬼にして お店に入らないようにしています。 ああ せつない。 私がもしお料理を作らないのなら ちびちびと えさをやり、 じょじょにこちらの気を引き ひょいと抱き上げて いつまでもやさしく なでてやるのに。 そういえば、小さな頃から そうやって、道を歩く子猫や子犬を ひろってきては、お母さんにかくれて ひみつで飼おうと、したなぁ。 結局、1日ですぐに見つかって 叱られて、泣きながらあやまって 絶対、自分で育てるからと 固く約束をしたけれど しばらくすると、お母さんが いつのまにか、育てていたなぁ。 そのあと、私にはちっとも なつかなくなったなぁ。 と、まるで まるちゃんのような なさけない思い出を振り返っては ありきたりの、無責任な 子供時代が恥ずかしくなります。 いっぱいいっぱい おこられて、しかられて。 お母さんがこわかった。 でも、お母さんはけっして 間違ったことは言わなかったなあ。 いつか、一人で人前に出ても 恥ずかしくない、ちゃんとした子に 育てようと、がんばってくれた。 大人の人たちの真剣な あの頃のこわい顔があったから 私は今、こうして 生きていられるんだろう。 子猫は また モンシュシュに くるかしら。 なんにでも名前をつけたがりやの私。 あの子の名前は、こんがりとやけた 「キッシュ」がいいかな。 キッシュ、長雨の中 今はどこで雨やどり。